「あんた、主役の自覚あんの!?」
駅前の時計塔の下、瑞希の声が鋭く響いた。 高い位置で結ばれたツインテールが、彼女の激しい剣幕に合わせて、まるで威嚇する猫の尻尾のようにピンと跳ねている。
「ごめん、瑞希。電車が事故で遅れて……」
「言い訳なんか聞きたくない! 私がどれだけ……っ、あんたを待ったと思ってるのよ!」
頬を真っ赤に膨らませ、瑞希は俺の胸をポカポカと叩く。だが、その瞳の端には薄っすらと涙が溜まっていた。怒りの裏に隠された、置いていかれることへの不安、独りぼっちの寂しさ。それが透けて見えて、俺はたまらなくなって彼女の細い肩を抱き寄せた。
「悪かった。……待っててくれて、ありがとう」
「……離しなさいよ。茂のくせに生意気」
そう毒づきながらも、瑞希のツインテールは、しおらしく力なく垂れ下がっていた。
慣れたもので、手を繋いであるけば、彼女の機嫌はすぐ治った。
二人で他愛ないおしゃべりをしながら、夕暮れの町をウインドウショッピングしながら歩く。
瑞希が頼んでくれていたケーキを受取り、彼女の家に向かう。
場所を移した瑞希の部屋は、どこか甘く、けれど張り詰めた空気に満ちていた。
「はい、誕生日おめでとう。……あんたに似合うと思って選んだんだから」
手渡されたプレゼントを二人で開け、穏やかな時間が流れる。俺の扱いに慣れたはずの彼女だったが、どこか落ち着かない様子で自分のバッグをいじっていた。
その時だった。 彼女が飲み物を取りに行こうと立ち上がった拍子に、椅子に置かれたバッグが床に滑り落ちた。
中身が少しだけ零れる。俺が慌てて手を伸ばそうとした瞬間、その「異物」が目に飛び込んできた。 まだ幼い趣味が目立つ彼女の持ち物には、到底そぐわない。 繊細すぎるほどに細い糸で編み込まれた、雪のように黒いレース。そして、情熱的なまでに潔い、細いリボンの端。
「あ……」
瑞希が凍りついた。 それは、スレンダーな自分をずっと気にしていた彼女が、背伸びをして、震える勇気を振り絞って用意した「覚悟」の証だった。
「……見ないで」
震える声。瑞希は床に伏せり、必死でそれを隠そうとした。 露わになったうなじが、真っ赤に染まっている。先ほどまで勇ましく跳ねていたツインテールが、今は彼女の羞恥心を隠すように、細い肩を覆っていた。
「瑞希」
「嫌っ……見ないでよ! あんた、私にはこういうの似合わないって思ってるんでしょ!? スタイル……そんなにいいわけじゃないし……っ」
その言葉が、俺の胸を激しく撃ち抜いた。 自分に自信がない彼女が、俺を喜ばせたい、俺にとっての「特別な女」になりたいと願って、どれほど恥ずかしい思いをしながらこの繊細な布を選んだのか。
俺は彼女の後ろから、その震える体を力いっぱい抱きしめた。
「似合わないなんて、誰が言ったんだ」
「っ、だって……」
「……瑞希が俺のために、そこまで思ってくれてたことが、一番嬉しいんだ」
耳元で囁くと、彼女の体温が爆発的に上がるのが分かった。 俺の指先が、彼女のうなじを優しくなぞる。熱を帯びた指先が触れるたび、彼女の喉から、小さな、甘い吐息が零れ落ちる。
「瑞希。ほどいてもいいか、これ」
俺の手が、彼女の髪を結ぶリボンに掛かる。 瑞希はもう、俺を拒むような言葉は吐かなかった。ただ、潤んだ瞳で俺を見上げ、縋るようにシャツの袖を握りしめている。
部屋の明かりが、いつもより眩しく感じられた。 心臓の鼓動が、重なり合う二人の体の境界を越えて、一つに溶け合っていく。
「千歩譲って、遅れるのは許すけど」
「ん、それは悪かった」
「離れたりしたら、許さないんだから」
「それは絶対にない。約束する」
嬉しそうに微笑む瑞希の、潤った唇を、熱くふさぐ。
幼馴染という「殻」を脱ぎ捨て、剥き出しの情熱だけが、夜の静寂を塗り潰していく。
窓の外では嵐が去り、ただ二人の熱い吐息だけが、誕生日の夜を深く、深く焦がし続けていた。
