案内

硝子の境界、熱帯の午後

五月の朝は、まだ洗いたてのシーツのような清潔な匂いがしていた。 大学生の翔子は、鏡の前でストレートの長い黒髪に櫛を通す。一糸乱れぬ毛流れは、彼女の理性的で穏やかな日常そのものだった。彼女が纏う空気は、常に一定の湿度を保ち、周囲に安らぎを与え...
断片

繚乱のオフィス、残照の二人【後編】

ホテルの客室の扉が閉まった瞬間、都会の喧騒は一気に遠のき、世界には二人の荒い呼吸だけが残された。室内を照らすのは、窓の外に広がる摩天楼の光と、バスルームから漏れる淡い琥珀色の間接照明だけだ。「……白井さん」結衣が、震える手で自らのジャケット...
断片

繚乱のオフィス、残照の二人【前編】

深夜、副都心のオフィスビルの高層階。空調の低い唸りだけが、広大なフロアの静寂を際立たせていた。俺、白井尊(しらいたける)は、三十代半ばの管理職。妻と別れて、3年。俺の人生は、無機質な歯車の一つとして、仕事にこの身をささげることしかなかった。...
断片

聖職者の陥落、少女の羽化

放課後の教室は、沈殿した光と埃の匂いが混じり合う、特別な停滞の中にあった。西日が窓ガラスを透過し、オレンジ色の鋭いナイフとなって机の並びを斜めに切り裂いている。その最前列、教卓のすぐそばで、最上鈴はいつものように机に腰掛け、細い脚を気怠げに...
秘話

昏い揺り籠、幼き魔女の初鳴き

月光すらも重苦しく澱む、森の深奥の館。勇者ガイアスがかつて世界を救おうとした鉄の意志は、今や香油の匂いと湿り気を帯びたシーツの迷宮に溶け去っていた。かつての剛健な肉体は、淫魔エレナとその娘たちという「美しき寄生者」によって、絶え間なく生命の...
断片

蜂蜜色の午睡

窓の外に広がる広大な領地は、春の柔らかな日差しに包まれ、すべてが黄金色の粒子となって輝いていた。かつては冷徹な当主の執務室として、あるいは重苦しい夜を閉じ込める檻として機能していたこの屋敷も、今や二人の愛を育むための穏やかなゆりかごへと姿を...
秘話

禁域の聖母、淫魔の晩餐

その夜、森は怒り狂った獣のように咆哮を上げていた。降りしきる豪雨は、勇者ガイアスの鍛え上げられた全身を打つ冷たい礫となり、魔王軍の刺客によって穿たれた脇腹の傷口を無慈悲に抉る。重厚な鋼の鎧は、今や冷え切った柩のように彼の体温を奪い、一歩踏み...
一瞥

虚穴を埋めあうもの

【男】カードキーを差し込み、無機質な電子音が「解錠」を告げる。その乾いた音が、静まり返ったホテルの廊下に冷たく響き渡った。岩村武。三十二歳。中堅デベロッパーの管理職。独身。ひたすら仕事に打ち込み、出会いもない。そんな日常に加えて、一週間に及...
断片

黎明の洗礼、琥珀の体温

深夜の寝室を支配していたのは、かつての凍てつくような冷気ではなく、沈黙という名の重い膜だった。「……旦那様、お召し替えを」リーザの声は、相変わらず調律された楽器のように平坦だった。彼女の指先は、主人の上着のボタンを外すという単純な作業にさえ...
一瞥

深夜の小悪魔、情熱の解放

オフィスの空気は、深夜二時を回る頃には完全に死に絶えていた。 空調の低い唸りだけが、この広大で無機質な空間を支配している。窓の外、西新宿の高層ビル群は、幾千の光の粒を闇に散らし、まるで静かな深海を眺めているような錯覚を抱かせる。「……終わっ...